
2000年12月18日
私たちは「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」が十分な議論を尽くさずに可決成立したことに強く抗議します。
原発から発生する使用済み核燃料をすべて再処理するという非現実的なことを前提とし、なんら安全性の保証もなく300メートル以深に地層処分しようとしているからです。
私たちはこの法律に基づくすべての調査、研究を拒否することを宣言します。
そして、高レベル放射性廃棄物の埋め捨てによる最終処分の安全性を検討し直す一方、処分については責任の所在を明らかにすることを求めます。
放射性廃棄物を将来に負の遺産として残すことは、世代責任として許されることではありません。これ以上の放射性廃棄物を生み出さないよう、一刻も早く脱原発を実現するよう強く求めます。
高レベル放射性廃棄物埋め捨て拒否47都道府県ネットワーク
(略称 拒否ネット)
2000年12月18日、ほとんどの都道府県の市民個人、団体の賛同を得て上記の拒否宣言を通産大臣宛に提出することができました。間際になって、全国の皆さんに賛同をお願いしたり、グループを紹介していただいたり、ご迷惑をおかけしました。
午後2:30、通産省別館前でたたみ一畳分の請求書(段ボール製)などをたてかけて、通行人に六ヶ所使用済み燃料搬入抗議のチラシなど配って抗議行動。
3:00から建物の中に入って交渉。(ひとりSさんは外でトラメガでアピール)通産省は、新年1月6日から経済産業省になるということで、お引っ越しの準備でばたばた。段ボールの山積みの会議室で担当者は一人。(原子力産業課の星野さん)時間も少ししか割けないということで、とにかく拒否宣言を読み上げる、過去の高レベルの処分費用を請求する、19日に予定されていた使用済み燃料の初の六ヶ所村本格搬入の抗議文を読み上げる、公開質問書を提出するだけで精一杯で、ほとんど話し合いは出来ませんでした。(質問の回答については改めて時間をとって話し合うことを約束しています)
請求書については、会計担当者に受け取ってもらいたいと事前に電話しましたが、たらい回しにあい、断念しました。
その後、通産省記者クラブで記者発表もしましたが(日経など3社)残念ながらマスコミにとりあげてもらうことは出来ませんでした。
18日の通産省申し入れ行動の後、東京から青森の使用済核燃料の本格搬入の抗議行動に参加しました。
19日の朝7時半に輸送船六栄丸が接岸しました。この日の本格搬入は最初のもので、福島、東海からの24tが入ったキャスク4本の陸揚げに抗議しながら集会に参加。六ヶ所村に集まった抗議する人達に東京での申し入れと抗議行動の報告をしました。
2時55分、多くの抗議の声をまったく無視して4台のトレーラーによって搬入されてしまいました。回を重ねる度に抗議の人数が少なくなり、それにひきかえ、警備のものものしさが目に付きます。今回特に目だったのは県警のビデオやカメラの威圧的対応でした。
24日には、2回目の使用済核燃料の搬入(女川から11t)が行われました。今後は2月の初旬に浜岡など、今年度さらに61tの搬入が予定されています。2月下旬にはフランスからの高レベルガラス固化体192体が、低レベル廃棄物も考えるとあらゆる核のごみが次々と六ヶ所に運び込まれます。 今年の暮れには六ヶ所村長選挙、来年には青森県知事選挙もあります。これを機会に「核のごみを作らない、運ばない」ために何ができるのか、どうしたら止められるのか、一緒に考えましょう。